ニコライ堂 側面

所用あって上京。用を済ませた後、ふと思いたって近くにあるニコライ堂を見学、公祈祷にも参祷してきました。ビルの谷間に顔をのぞかせる緑色のドーム屋根は東京在住時代に何度も目にしていましたが、近づいてじっくり眺めたのは、この時が初めてでした。

公祈祷の荘厳な雰囲気に圧倒された


ニコライ堂 正面
ニコライ堂

建物の外観を眺めているうちに中も見たくなり、重いガラス戸を押して入館してみました。受付の白人女性に案内されて奥へ進むと、ちょうど公祈祷(礼拝)の時間でした。見学者はいちばん手前のベンチ席に通されます。

薄暗がりの中に無数のろうそくの灯りがまたたき、壁や柱に掛けられた聖像画の数々をぼんやりと浮かび上がらせた堂内は、ローブを着た神品(しんぴん=神父)が独特の節をつけて唱える祈りと、唱和する信徒たちの声が高いドーム天井に反響して、荘厳で神秘的な雰囲気を作っていました。

わずか数分前まで身をおいていた大都会の雑踏とは、まったくの別世界でした。

柑橘系のお香の煙をかけてもらった

ただもう雰囲気に圧倒されていると、祭壇の奥から、金色の鎖の先に香炉を吊るした道具を持った神品が登場。香炉を勢いよく前後に振って、お香の煙を聖像や信徒に次々にふりかけていきました。鎖には鈴も取りつけられているようで、神品が香炉を振るたびにシャンシャンと鳴ります。

神品の動きは非常に素早くきびきびとしていて、そのリズムは祈祷の声のそれとぴったり一致していました。完璧な舞台装置とショーだ。と不敬なことを考えていると、神品が見学者席の方へ近づいてきました。私の目をまっすぐ見つめながら大またで歩み寄り、不信心者にも、オレンジのような甘い香りがする煙を振りかけてくれました。ちなみに神品は黒髪の日本人でした。

正教と日本仏教の儀式は似ている

しばらくして雰囲気に慣れてくると、初めて体験する正教の儀式と、子供の頃から慣れ親しんだ日本仏教のそれが、よく似ているような気がしてきました。鈴を鳴らして祈る神品が、木魚を叩いて読経する僧侶に見えてきます。

薄暗い堂内、灯明、金色の装飾品、お香、楽器でリズムをとり節をつけて唱えられる祈り……そして、荘厳な雰囲気はよく伝わってきますが、聖職者が何を言っているの聞き取れないので神仏の教えは理解できないところも似ています。

また、髪をスカーフで覆った外国人の女性信徒の姿(ロシア人でしょうか。すごい美人でした)や、床にひざまずいて祈る所作からはイスラムも連想しました。

結局、祈祷の終わりまでその場にいて、2度もお香の煙をかけてもらいました。最後は、年配で、ひと目で高位とわかる衣装を着た白人の神品が現れ、信徒は一列に並んでその手に接吻していました。

そんな神聖な雰囲気の公祈祷でしたが、女性信徒が連れてきた乳幼児が儀式中に騒いでも誰も叱らず、最後は神品が抱いてあやしていたのが印象的でした。宗教のよい面を見ることができたと思います。

ラーメン二郎荻窪店へ


ラーメン二郎荻窪店 小ヤサイニンニクアブラ
小ラーメン ヤサイニンニクアブラ

さて、日本正教会のご厚意でオレンジのお香をかけてもらい、全身から、さわやかさと深みを兼ねそなえた上品な香りを放つ男となった私は、その足でリニューアルオープンしたラーメン二郎荻窪店へと向かいました。

カウンターの奥には、桜台駅前店の助手から独立した、今日もオレンジ色のTシャツを着た新店主の姿が。助手も、やはり桜台でいつも白いタオルを頭に巻いて眼鏡をかけた、あの人でした。

それにしても、なぜ店主はいつもオレンジ色のTシャツを着ているのでしょうか。遭難してもすぐ見つけてもらえるように?

神のご加護もむなしく撃沈

注文は小ラーメン。トッピングはヤサイニンニクアブラをお願いしました。ところで、しばらく二郎を食べていない人間は、いちど身につけた大量の麺や脂に対する抵抗力を失い、二郎セカンドバージン状態になってしまいます。

その結果、二郎の中でもボリュームが多いと言われる桜台の大ラーメンを完食したこともある私なのに、ブタを増やしたわけでもない単なる小を残すという、極めて屈辱的な結果となってしまいました。

お味の方は、スープは桜台に似ていますが、麺がちがうなと思いました。さすが桜台出身だけあって満足の1杯でした。とりわけ豚が柔らかくて味もよくしみて美味しかったので、小豚で麺少なめにしておけばよかったと後悔したのでした。