釣ったスッポン

2016年6月2日。ドバミミズでスッポンが釣れたので、とりあえず持ち帰り、ネットで料理法を調べることにしました。


【悲報】ドバミミズ集団脱走


先日、文字通り汗水を垂らし、筋肉痛になってまで採集した釣り餌のドバミミズが集団脱走して斃死。LLサイズの特大ミミズ1匹だけが残るという悲惨な事件が起きました。

原因は、ミミズと腐葉土をビニール袋に入れ、それをバケツに入れるという保管方法をとっていたこと。バケツを泥で汚したくなかったのですが、今考えると、余計な工夫でした。ミミズたちは、ビニール袋の内側をよじ登って逃げ出し、バケツと袋のすき間に落ち込んで、そこで息絶えて自己消化、ドロドロに溶けてしまったのです。

残る最後の1匹のドバミミズで、何でもよいから魚を釣り上げることで、この悲劇の幕としたい。という、自分でもよくわからない儀式的な心情になり、近所の川へ。

甲長30cmのスッポンが釣れた


ドバミミズを投入後、しばらくは何のアタリもありませんでした。釣り場一帯が妙に静まりかえって、活気がありません

時合の前後に訪れる沈黙の時間帯にぶつかってしまったようでした。「しかたない。気長に待とう」、そう思って護岸に腰をすえ、穏やかな川面を眺めていると、たるんでいた道糸が、少しずつ少しずつ沖の方へ引っぱられていき、最後はピンと張りました。

何だろう?と思いながらアワセを入れると、重量感のある手応え。これはカメだなと思いましたが、はたして上がってきたのは、甲長30cmほどのスッポン。

カメは魚とちがい、前足を器用に使って口に刺さった針を外してしまうので、油断がなりません。慎重に足元まで寄せ、玉網でキャッチしました。場所と大きさからいって、以前、いちど釣り上げたことのある個体かもしれません。


カメといえば、歩くのが遅いというイメージがありますが、このスッポン、2度ほど私の隙を見て網から抜け出し、護岸を駆け下って川に飛び込もうとしました。すんでのところで、玉網をかぶせて捕獲。水中生活に特化してヒレ状になっている足で、かなりのスピードで走っていました。鈍臭い私などより、よほど素早いです。

とりあえず持ち帰ってはみたものの……


今日はバケツを持参していなかったので、玉網に入れたままスッポンを自宅へ持ち帰りました。プラスチックのコンテナケースに浅く水をはり、とりあえず、そこで活かしておくことに。

日曜あたりにシメてスッポン鍋にしてみようかな、と思っていますが、4つ足の動物を殺したことがない上に、電光石火の早わざで噛みついてくる危険な相手です。よくよく事前調査をしておく必要があります。

どうやって、さばけばよいのか


戦前の釣りエッセイストの佐藤垢石が、「すっぽん」という作品で、その美味なことと、料理法について書いています。著作権が切れているので、青空文庫で読めます。


 すっぽんを割烹する法は、いろいろあろうけれど東京風に、すっぽんに絹の端を咬わえさせておいて、首の伸びたところをその付け根から截ち落とし、続いて甲羅を剥いでゆくのは、当たっていないのである。まず甲羅の裾の柔らかいところを掴んで俎上に運び、腹の甲を上向けにするとすっぽんは四肢を藻掻いて自然のままに起き上がろうとする。その動作を注視していると、首を長く伸べて吻の先を俎につけ、これを力に跳ね上がろうとするから、機を逸せず、その長い首を左の手で固く握る。まずこうすれば、すっぽんの鋭い歯に噛まれる恐れはないという。

私のような、それこそ本当の「ドン亀」が、首をつかもうと手を伸ばしたところで、百戦錬磨の野生のスッポンに噛みつかれるだけなのでは。「スッポンに噛まれた!(泣)」という記事を投稿をしたら、ブログ村あたりで大いにウケそうですが……。

ありがたいことに、ネットで写真・動画つきの解説がいくつも投稿されているので、それを参考にやってみたいと思います。といっても、初めての試みが、いきなり上手くいくわけありません。最初の1匹は、いわば練習台。

生き物を練習台にするなんて、とんでもない話です。が、やらなければ、いつまでたってもスッポンをさばけるようにはなりません。

参考



売ることはできないか


スッポンを釣って、飲食店などに売りさばいている人もいるようです。私が住んでいる田舎町には、スッポン料理屋なんて洒落たものはありませんが。


ヤフオク すっぽん

ヤフオクを見ると、たくさんの生きたスッポンが出品されていました。私のスッポンも売れるでしょうが、残念ながらYahoo!プレミアムの会員にならないと出品できません。滅多に利用しないオークションのために毎月500円払い続けるのは馬鹿馬鹿しいことです。

スマホアプリの「メルカリ」は無料で出品できますが、規約を調べると、生き物の販売はできません。残念。「スッポン鍋にして食べなさい」という神の声でしょうか。