パクチー
パクチーブームと言われる昨今ですが、まだまだ、このハーブ独特の香りを苦手とする人が多いのも事実です。

そうした人々の一部がネット上で好んで持ち出す話に、「パクチーの和名はカメムシソウ(だから、臭くて食べられたものではない)」があります。

つい先頃まで、Wikipedia のコリアンダーのページに和名としてカメムシソウの記述があったので(現在は削除済み)、私もこの話を信じていました。ところが……。

目次

  1. パクチーの和名はカメムシソウではない
  2. 和名とは何か
  3. パクチーの和名
  4. 標準和名は慣用的なもの
  5. 『パクチーの和名カメムシソウはデマ』はデマか
  6. カメムシソウの由来
  7. ネットで使われ始めたのは最近
  8. デマが広まった経緯
  9. 学問の権威を借りて拡散
  10. カメムシソウは蔑称か
  11. デマ批判は言葉狩りか


パクチーの和名はカメムシソウではない

先日、まるか食品から『ペヤングやきそばパクチーMAX』という新商品が発売され、それを食べてみた人たちの感想ツイートをトゥギャッターでまとめていた時のことです。

Utchie! さんというユーザーが「パクチー ことCoriandrum sativum の和名ってコエンドロ 基本で、カメムシソウは和名のsynonym [異名]みたいなんかな?([]内ホタティスト)」という疑問をつぶやき、それに端を発してトウガラシ研究者・松島憲一さんとの間で始まった一連の対話を見つけたのです。先ずは、私が作成した以下のまとめをご覧ください。

『パクチーの和名はカメムシソウ』はデマ - Togetterまとめ

おふたりのやり取りを追うにつれ、「パクチーの和名はカメムシソウ」という話はデマだ、少なくとも不正確な情報だと私は確信しました。それと同時に、この件が微妙な問題を孕んでいることにも気付かされました。

和名とは何か

そもそも、和名とは何なのでしょうか。辞書サイトのコトバンクでは、以下のリンク先のように説明しています。

和名(わめい)とは - コトバンク

これを読んで、和名という言葉には、①日本で古くから使われている事物の名前。 ②生物につけられたラテン語の学名に対する日本語の名前。標準和名。という2つの意味があると私は理解しました。


和名類聚抄 胡荽

パクチーの和名


和名類聚抄
では、パクチーには、どんな和名が付けられているのでしょうか。まず①の意味についてですが、平安時代に作られた辞書『和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』に、漢名が胡荽(こすい)・和名は古仁之(こにし)として、パクチーのことが書かれています。

「胡荽 崔禹錫食経云胡荽[息遺夂(夊?)和名古仁之]味辛臭一名香荽魚鳥膾尤為要博物誌云張騫入西域得之故曰胡荽也」※()内ホタティスト

【拙訳】『崔禹錫食経』に胡荽(こすい)とある。和名は<こにし>。味は辛くて臭い。またの名を香荽ともいう。魚や鳥の(なます)には特に必要なもの。『博物志』に、張騫が西域に入ってこれを得たので胡荽と言うとある。

出典:“日本で最初のパクチーに関する記述” by Kyo Paxi


物品識名
江戸時代後期の本草学者・水谷豊文が編んだ『物品識名』には、「コエントロ(蛮語コリアンテルの転なり)」としてパクチーが登場します(ロコトマニアさんが指摘してくださったもの。まとめ参照)。これが、標準和名コエンドロの由来と思われます。

濁ってコエン<ド>ロとなったのは、1円玉を「いちえんたま」ではなく「いちえんだま」と言うのと同じで、その方が日本人には発音しやすいからでしょう。

出典:物品識名(ぶっぴんしきめい) - 貴重和本デジタルライブラリー 


標準和名は慣用的なもの

次に②の意味について。現在、わが国の学問の世界では、先に述べたように、ポルトガル名コエントロに由来するコエンドロが、パクチーの和名(標準和名)とされています。

ところが、一定の命名ルールがある学名と違って和名は慣用的なものにすぎず、ひとつの生物が複数の和名を持つ場合もあるのです。

参考:日本魚類学会 標準和名検討委員会

『パクチーの和名カメムシソウはデマ』はデマか

これを根拠に、先述のトゥギャッターまとめに「このまとめ自体がデマ宇宙花草/八重)」とのコメントが寄せられました。「標準和名でないから正しくない、などということは決してありません」という批判です。

では、「パクチーの和名はカメムシソウ」という説は正しいのでしょうか?松島さんによると、学問の世界でカメムシソウという名前が使われた例は見当たらないとのこと(まとめ参照)。いかに標準和名が慣用的なものにすぎないからといって、慣用的に使われた実績もない名前を和名の1つとするのは無理があります。

パクチーをカメムシソウと呼びたい人がいるならば、それは言論の自由だと思います。かくいう私も「なるほどカメムシソウか。言い得て妙だな」と当初は思っていたぐらいですから。ただし、「別名カメムシソウ」なら問題ありませんが、「和名カメムシソウ」は明らかに不正確です。

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カメムシ

カメムシソウの由来

ところで、カメムシソウなる名前は、いつ頃から使われているのでしょうか。

1995年刊行の一般書に別名としてカメムシソウの記述があるのをUtchie! さんが見つけましたが、それ以前については、情報が無いようです(まとめ参照)。

インターネット普及前夜の日本にすでに存在していた、カメムシソウなる言葉。では、この名前は、日本人の間でどれくらい使われてきたのでしょうか。Google のサービスを使って推測してみました。

ネットで使われ始めたのは最近

まず、Google トレンド (旧 Insight for Search)で、カメムシソウというワードが過去にどれくらい検索されたのかコエンドロと比較する形で調べてみたところ、以下のような結果が得られました。

折れ線グラフ

これを見る限り、カメムシソウというワードは過去にはほとんど検索されていなかったのが、ここ5年ほどの間に徐々に調べられるようになり、2016年から急激にその量が増えたようです。検索ボリューム=認知度と考えれば、カメムシソウなる名前は、つい最近になって広まったものだと言えるでしょう。

次に、Google ブックスで、カメムシソウを検索してみましたが、やはり、ここ何年かの間に刊行された数点の書籍しか見つかりませんでした。恐らく、Wikipedia の「和名カメムシソウ」の記述を鵜呑みにして編集されたのではないでしょうか。


トゥギャッターまとめには「コリアンダーをカメムシ草と呼ぶのは、俗称としてはそこそこ広まってるぞ(名も無き飯テロソスト)」というコメントも寄せられました。「そこそこ」の定義にもよりますが、現状ではネットの一部に見られるのみで、社会全体に広まったとは言い難いと思います。

パクチー
デマが広まった経緯

以上の結果から、「パクチーの和名はカメムシソウ」というネット言説は以下のようにして広まったと私は考えます(2. と 3. の順番は逆かもしれません)。
  1. カメムシソウという別名は1995年以前からあったが、ほとんど知られていなかった
  2. Wikipedia 『コリアンダー』のページに、誰かが和名としてカメムシソウを追加した
  3. パクチーブーム到来。愛好者が増えると同時に、嫌う人も増えた
  4. Wikipedia に基いて「パクチーの和名はカメムシソウ」とSNS等に書き込む人が現れた
  5. ネットユーザーによって盛んに拡散された(現在も進行中)

やはり、「パクチーの和名はカメムシソウ」は、数あるネット上のデマのひとつにすぎないと思います。仮にデマは言いすぎだとしても、不正確な情報には違いありません。

学問の権威を借りて拡散

「パクチーの和名はカメムシソウ」というデマが成功した大きな理由の1つに、『和名』という、学問の用語を持ち出したことがあると思います。

学名や和名について何も知らない人でも、『和名』という言葉の背景にある学問の権威をその堅い語感から自然と感じ取り、疑うことなく信じてしまったのではないでしょうか。Wikipedia にも同様の記述があったとなれば、なおさらです。

カメムシソウは蔑称か

「パクチーの和名はカメムシソウ」というネット言説は、冒頭で述べたように、ほぼ否定的な意味で使われます。「カメムシソウ美味い!」といった使い方は、今(2017年1月13日現在)まで見たことがありません。つまり、カメムシソウは、パクチーの蔑称として使われているのです。

となると、私のようにパクチーが好きでカメムシが嫌いな(あるいは、好きとまでは言えない)人間は、勢い「このような蔑称を用いるのは反対」という考えに至りがちです。研究者である松島さんも同意見であるのを見て(まとめ参照)、頭脳が単純にできている私などは、その思いをさらに強くしました。

ところが、そこへ「昆虫の名前を蔑称というのを聞いたらカメムシ研究者はいい顔しないでしょうね」という鋭い指摘を投げかけたユーザーが現れました(まとめ参照)。宮の字さんです。そこまで気が回っていなかった私は、これを読んで大いに反省しました。それでも、カメムシソウはパクチーの別名ではあっても和名ではないことは、先に述べた通りです。

蔑称については微妙な問題を含んでおり、私の頭が一度に扱える情報量を超えているので、この投稿では、これ以上触れません。

デマ批判は言葉狩りか

「カメムシソウはパクチーの『和名』ではない」と指摘すると、過去の例からして「言葉狩り」だとか「言語は常に変化していくもの」という批判を受けると思われます。

しかし、①明らかな嘘を含み ②生物と人間への思いやりに欠け ③誰の利益にもならない デマを「これは事実と違いますよ」と指摘するのは、言葉狩りや、大衆文化のダイナミズムを理解できない野暮天とは違うはずです。

不躾な指摘をして喧嘩になったり、「カメムシなんかと一緒にするな」という『ヘイト玉突き事故』を起こさないよう気をつけながら、微力ながらも「それは違いますよ」とやんわり拡散していきたいと思います。